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浦和地方裁判所 平成3年(行ウ)13号 判決

埼玉県南埼玉郡白岡町大字小久喜一六八九番地の三

原告

浅草明

右訴訟代理人弁護士

灘波幸一

同県春日部市大字粕壁五四三五番地一

被告

春日部税務署長 大川要

右指定代理人

徳田薫

川名克也

高橋伯吉

竹内信義

張替昭吉

佐野友幸

寉田明雄

江口育夫

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し平成二年二月二八日付けでした原告の昭和六一年分から昭和六三年分までの各所得税に係る更正処分のうち、昭和六一年分につき所得金額二九五万円、所得税額一七万一五〇〇円、昭和六二年分につき所得金額二七六万五六三〇円、所得税額九万三六〇〇円、昭和六三年分につき所得金額二九六万二一〇〇円、所得税額一五万〇八〇〇円を超える各部分及び各過少申告加算税賦課決定(但し、いずれも審査裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、ガス配管工事業を営む者であるが、昭和六一年分から昭和六三年分までの各所得税について、その法定申告期限内に、次のとおり確定申告した。

(一) 昭和六一年分 申告所得額 二九五万〇〇〇〇円

申告税額 一七万一五〇〇円

(二) 昭和六二年分 申告所得額 二七六万五六三〇円

申告税額 九万三六〇〇円

(三) 昭和六三年分 申告所得額 二九六万二一〇〇円

申告税額 一五万〇八〇〇円

2  これに対し、被告は、平成二年二月二八日付けで、次のとおり更正処分及び過少申告加算税の賦課決定(以下、前者を「本件各更正処分」、後者を「本件各賦課決定」といい、両者を総称して「本件各処分」という。)をした。

昭和六一年分 更正所得金額 九三〇万六〇七六円

更正税額 一六七万二一〇〇円

加算税額 一二万五〇〇〇円

昭和六二年分 更正所得金額 七三八万四五〇七円

更正税額 九〇万七〇〇〇円

加算税額 九万六五〇〇円

昭和六三年分 更正所得金額 八八五万八五四一円

更正税額 一三二万一二〇〇円

加算税額 一五万〇五〇〇円

3  原告は、平成二年四月二〇日、被告に対し本件各処分について異議申立てをしたが、被告は同年九月二五日付けでこれを棄却する旨の決定をした。

原告は、同年一〇月二五日、右決定に対し、国税不服審判所長に審査請求をしたが、右所長が、平成三年四月三〇日付けで、本件処分について左のとおりその一部を取り消す裁決をし、この裁決書謄本は同年五月一三日、原告に送達された。

昭和六一年分 裁決所得金額 八七二万七一六一円

裁決税額 一四九万八四〇〇円

加算税額 一〇万七〇〇〇円

昭和六二年分 裁決所得金額 六〇二万七一九八円

裁決税額 六〇万九七〇〇円

加算税額 五万一五〇〇円

昭和六三年分 裁決所得金額 八六七万七六〇一円

裁決税額 一二六万六九〇〇円

加算税額 一四万一五〇〇円

4  しかしながら、本件各処分は、その手続及び内容のいずれにも瑕疵があり、違法である。

5  よって、原告は、被告に対し、本件各更正処分のうち昭和六一年分につき所得金額二九五万円、所得税額一七万一五〇〇円、昭和六二年分につき所得金額二七六万五六三〇円、所得税額九万三六〇〇円、昭和六三年分につき所得金額二九六万二一〇〇円、所得税額一五万〇八〇〇円を超える各部分及び本件各賦課決定(ただし、いずれも審査裁決により一部取り消された後のもの)の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1及び2の事実は認める。

同3の事実のうち、裁決書謄本の送達日については知らないが、その余の事実は認める。

三  抗弁

本件各更正処分は推計課税の方法によったものであるが、その経緯と根拠は次のとおりである。

1  推計課税の必要性

(一) 原告は青色申告書以外の申告書(いわゆる白色申告書)で申告する者であるが、被告が原告から提出された本件係争各年分の各確定申告書(以下、「本件各申告書」という。)を調査したところ、本件係争各年分ともその申告所得金額について過少の疑いがあり、また原告の事業所得に係る収支計算が不明であったことから、原告の本件係争各年分の所得金額等の適正について調査する必要があると判断し、被告所部の係官である綿引優上席国税調査官(以下、「綿引係官」という。)にその調査を命じた。

(二) 綿引係官は、平成元年四月二八日、原告宅に赴き、原告に対して身分証明書を提示した上、所得税の調査を行う旨告知して調査への協力を要請したが、原告は所用により外出するという理由で応じなかった。その後、綿引係官は、数回にわたり原告方に電話し、調査への協力を要請したが、原告はこれに応じなかった。

(三) 被告は、綿引係官に替えて所部の係官である植木誠二国税調査官(以下、「植木係官」という。)に原告の所得税の調査を命じた。

植木係官は、再三にわたり原告方に電話したが、原告が不在のため連絡を取ることができないでいたところ、同年九月四日に至ってようやく原告から電話を受け、同月五日の午前中であれば在宅の可能性がある旨の回答を得た。

(四) 植木係官は、同日午前一〇時ころ、所部の係官である深谷和男国税調査官(以下、「深谷係官」といい、両者を併せて「植木係官ら」という。)を伴って原告宅を訪問し、原告に対して身分証明書及び質問検査章を提示し、本件申告書の内容の確認のために調査に来た旨を告げた。

植木係官らは、平成元年四月以前の分の帳簿書類及び領収書の有無について尋ねたところ、原告は、自己流にまとめた帳簿書類及び領収書が残っていると答え、外注費については、開示すると相手先に迷惑がかかるという理由で、これについての書類の提示を拒否した。

また、植木係官らが、請求書控及び預金通帳の提示を求めたところ、原告は、これらの書類についても、外注費の相手先氏名等を開示することを要求する限り提示を拒否すると主張した。植木係官らは、外注費の相手先が分からなければ申告内容の確認とはいえず、原告の協力が得られなければ署独自に調査を進めざるを得ないので提示に応ずるように説得したが、原告は聞き入れなかった。

そして、原告は、植木係官らに対し調査の具体的理由を明らかにするよう要求したので、植木係官らは、原告の所得税の申告内容の確認であると答えたが、原告はこれに納得せず、同じ要求を繰り返した。

そこで、植木係官らは、このような状況においては原告の協力を得ることはできないと判断し、同日午前一一時三〇分ころ、やむなく原告宅を辞去した。

(五) 植木係官は、同年一〇月五日、原告方に電話し、帳簿書類等を提示するよう改めて調査への協力を要請したが、原告が、外注先に迷惑がかかるので見せられないと繰り返すだけであった。そこで、植木係官は、到底原告の協力は得られないものと判断し、署独自で調査を進めるが協力する気になったら連絡してほしいと原告に告げた。

しかし、その後、原告から何の連絡もないまま同年一一月に至ったため、被告は、右のような状況では、原告の所得金額を実額で把握することは不可能であると判断し、やむなく推計の方法を採用した。

2  推計課税の合理性

(一) 被告は、推計方法として、いわゆ比率法を採用し、左記(1)のとおり原告の取引先に対する調査によって原告の事業所得に係る総収入金額を把握し、右金額に左記(2)の比準同業者の平均所得率を乗じて左記(3)のとおり算定し、右金額から左記(4)の事業専従者控除額を控除して左記(5)のとおり原告の本件係争各年分の事業所得金額を算定した。

(1) 収入金額

昭和六一年分 二七〇三万九三六九円

昭和六二年分 二六九一万七九四五円

昭和六三年分 三二〇八万〇二二五円

これらに係る取引先の内訳は、別表(一)に記載のとおりである。

(2) 同業者の平均所得率

昭和六一年分 三四・四パーセント

昭和六二年分 二八・四二パーセント

昭和六三年分 三二・八パーセント

これら平均所得率の算出方法は、後記(二)のとおりである。

(3) 事業専従者控除額控除前の事業所得の金額

昭和六一年分 九三〇万一五四二円

昭和六二年分 七六五万〇〇七九円

昭和六三年分 一〇五二万二三一三円

(4) 事業専従者控除額

昭和六一年分 四五万円

昭和六二年分 六〇万円

昭和六三年分 六〇万円

これらは、本件各申告書に記載された金額である。

(5) 事業所得金額

昭和六一年分 八八五万一五四二円

昭和六二年分 七〇五万〇〇七九円

昭和六三年分 九九二万二三一三円

(二) 同業者の平均所得率は次のとおりの方法で算出した。

被告は、原告の比準同業者として、春日部税務署及びその近隣の浦和、大宮、川口、上尾、行田、越谷の各税務署管内のいずれかに納税地を有し、原告と同種のガス配管工事業を営む個人業者であって、かつ、左記(1)ないし(6)の基準のいずれにも該当する者を、本件係争各年分ごとにすべて選出した。したがって、右選出においては、真実の所得にできるだけ近似した数値が算出され得るよう、業種・業態の同一性、法人・個人別の同一性、事業場所の近接性、事業規模の近接性等に十分配慮がなされ、推計方法の客観性が維持されている。

(1) それぞれの各年分の暦年を通じてガス配管工事を継続して営んでいた者であること。

(2) 所得税青色申告決算書を提出していた者であること。

(3) 災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者であること。

(4) 税務署長から更正又は決定処分を受け、これに対して不服申立を行って係争している者でないこと。

(5) 年間売上金額が次の者であること。

昭和六一年 一三五一万円以上五四〇八万円未満

昭和六二年 一三四五万円以上五三八四万円未満

昭和六三年 一六〇四万円以上六四一七万円未満

(6) 所得税青色申告決算書上、売上原価が皆無の者以外の者であること。

右選出基準に該当する本件係争各年度の比準同業者は別表(二)のとおりであり、本件係争各年分のその平均所得率は同表の平均欄記載のとおりである。

3  本件各処分の適法性

(一) 本件各更正処分について

前記のとおり、被告が算定した原告の本件係争各年分の事業所得金額は、それぞれ

昭和六一年分 八八五万一五四二円

昭和六二年分 七〇五万〇〇七九円

昭和六三年分 九九二万二三一三円

であるところ、本件各更正処分における原告の本件係争各年分の事業所得金額(裁決による一部取消後の金額)はそれぞれ

昭和六一年分 八七二万七一六一円

昭和六二年分 六〇二万七一九八円

昭和六三年分 八六七万七六〇一円

であって、いずれも前者の金額の範囲内であるから、本件各更正処分は適法である。

(二) 本件各賦課決定について

(1) 昭和六一年分

被告は、本件更正処分により新たに納付すべき税額一三二万円(国税通則法第一一八条第三項により一万円未満の端数切り捨て。以下同じ。)に一〇〇分の五の割合を乗じた金額六万六〇〇〇円に相当する過少申告加算税に、右一三二万円のうち五〇万円を超える部分に相当する税額八二万円に一〇〇分の五の割合を乗じた金額四万一〇〇〇円を加算した金額である一〇万七〇〇〇円を賦課した(同法第六五条第一項、第二項。ただし、第一項は、昭和六二年法律第九六号による改正前のものであり、第二項は、昭和五九年法律第五号による追加後のもの。第二項については、以下同じ。)。

(2) 昭和六二年分

被告は、本件更正処分により新たに納付すべき税額五一万円に一〇〇分の一〇の割合を乗じた金額五万一〇〇〇円に相当する過少申告加算税に、右五一万円のうち五〇万円を超える部分に相当する税額一万円に一〇〇分の五の割合を乗じた金額五〇〇円を加算した金額である五万一五〇〇円を賦課した(国税通則法第六五条第一項、第二項。ただし、第一項は、昭和六二年法律第九六号による改正後のもの。以下同じ。)。

(3) 昭和六三年分

被告は、本件更正処分により新たに納付すべき税額一一一万円に一〇〇分の一〇の割合を乗じた金額一一万一〇〇〇円に相当する過少申告加算税に、右一一一万円のうち五〇万円を超える部分に相当する税額六一万円に一〇〇分の五の割合を乗じた金額三万〇五〇〇円を加算した金額である一四万一五〇〇円を賦課した(国税通則法第六五条第一項、第二項。)。

(4) 本件各賦課決定に係る過少申告加算税の金額(裁決による一部取消後の金額)は、いずれも右(1)ないし(3)の過少申告加算税の金額と同額であり、また、原告には国税通則法六五条第四項の「正当な理由」がないので、本件各賦課決定は適法である。

四  抗弁に対する認否

1(一)  抗弁1(一)のうち、原告がいわゆる白色申告者であること、本件各申告書を提出したことは認め、その余は知らない。

(二)  同(二)のうち、綿引係官が原告宅に赴いた際、所得税の調査を行う旨告知して調査への協力を要請したことは否認し、同係官が数回にわたり原告方に電話をしたことは不知であり、その余は認める。

(三)  同(三)のうち、被告が植木係官に原告の所得税の調査を命じたことは知らない。同係官が再三原告方に電話をしたが、原告が不在のため連絡を取ることができなかったことは認め、その余は否認する。

(四)  同(四)のうち、植木係官らが平成元年九月五日、原告宅を訪問し、原告に対し身分証明書を提示したうえで平成元年四月以前の分の帳簿書類及び領収書の有無を尋ねたこと、これに対し、原告が自己流にまとめた帳簿書類及び領収書が残っていると答え、植木係官らに対し調査の具体的理由を明らかにするよう要求したことは認めるが、その余は否認する。原告が植木係官らに対し開示を匿名にするよう求めたのは、日当を支払って工事を手伝ってもらっている者への支払に係る金額である。また、原告は請求書や預金通帳の提示を拒否したことはない。

(五)  同(五)のうち、被告が原告の所得金額を実額で把握することは不可能であると判断して推計の方法を採用したことは知らない。その余は否認する。

2(一)  抗弁2(一)のうち、(1)及び(2)の金額は認め、その余は否認する。

(二)  同2(二)は、否認する。

3  同3は争う。

五  原告の反論

原告の本件係争各年分の所得金額については、原告のもとに保管されている計算書類によって実額で把握することが可能であるから、取引実績額に基づく損益計算の方法、すなわち実額計算の方法により算定すべきである。

その算定根拠となる必要経費の金額は、左のとおりであり、その内訳は、別表(三)記載のとおりである。

昭和六一年分 二三一一万二三二八円

昭和六二年分 二一八六万〇七七五円

昭和六三年分 二六九七万六二八六円

六  原告の反論に対する認否及び被告の再反論

1  原告の実額主張は、それ自体失当である。

原告は、被告が推計の基礎として主張する前記三2(一)(1)の収入金額を認め、経費についてのみ独自に主張をして実額を算定している。

しかし、所得の計算上必要経費の額に算入すべき金額は、総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るために直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用の額である(所得税法第三七条第一項)から、実額主張をする納税者は、〈1〉収入及び経費の各金額が存在すること、〈2〉その収入金額が全ての収入金額であること、〈3〉その経費が収入と対応するもの(必要経費)であること、の三点を主張・立証しなければならない。

被告が推計の基礎として主張する前記収入金額は、原告の取引先に対する反面調査の結果把握できた限りにおいて原告の収入金額とされたものに過ぎないから、原告においてこの金額を認めるだけでは、この金額が原告の総収入金額であることにはならない。

また、原告は、その主張する経費と収入との対応関係も主張していない。

よって、原告の実額主張は、それ自体失当というべきである。

2  そのうえ、左記のとおり、原告が実額算定の基礎とする収入金額のほかにも収入が存在し又は存在する疑いがあるほか、原告の主張する経費の中には所得税法上の必要経費と認められないものが多数混在するので、原告の主張する所得金額は、実額ではない。

(一) 収入金額について

原告が実額算定の基礎とする収入金額以外に、左の収入が存在し、又は存在する疑いがある。

(1) 昭和六一年六月三〇日、有限会社丸富士配管から得た二三万五〇〇〇円の収入

(2) 協栄石油瓦斯株式会社等のプロパンガス販売店や、喫茶バロン等の一般消費者との単発取引による収入。

(二) 経費について

(1) 材料費

原告は、昭和六三年分の経費のうち、堀川産業株式会社に係る同一の材料費について、四九九万九九六八円を二重に計上した。

(2) 外注費

原告は、昭和六一、六二年分において金子鉄工所に対する外注費として三九万〇九二二円を計上したが、この工事は、原告が岩上ブロックに依頼したボンベ小屋の外注工事の下請工事の一部であるから、これに係る経費は岩上ブロックに対する外注費の中に含まれている。

また、原告が外注費として主張する金額のうち、二一二万八八五〇円は、昭和六〇年の経費であって、本件係争各年分の経費ではない。

(3) 租税公課等

〈1〉 昭和六一年分の租税公課として二万六五〇〇円を二重に計上している。

〈2〉 原告が昭和六二年分の租税公課及び保険料として主張するうちの六万七九〇〇円は、「鈴木アルト」の取得原価に含まれるので、減価償却費と重複している。

〈3〉 原告が減価償却費として主張するうち、「ネジ切」及び「鈴木アルト」に係るものは、それらの取得時期が昭和六二年九月、同年一〇月であるにもかかわらず、取得前の減価償却費が算定されている。

〈4〉 原告は、旅行費用(福利厚生費)に充てるため従業員の支払給与の中から毎月五〇〇〇円を積み立てさせているのに、別途に福利厚生費を計上した。

(4) 昭和六〇年分経費の計上

原告は、経費の計上時期を出金時として経費処理をしているところ、右処理の方法からすれば、当然昭和六〇年分の経費とされるべき支出を昭和六一年分の経費として計上した。

(5) 家事費の計上

家事上の経費は必要経費に算入されないところ(所得税法第四五条第一項第一号)、原告は、新潟県刈羽郡高柳町にある妻の実家を訪問する際に支出した高速道路料金や、原告と取引関係のない実弟の勤務先に対するお見舞金等、家事費であることが明らかな支出を必要経費として計上した。

(6) 目的不明の旅費交通費

原告の本件係争各年当時の事業活動の範囲は、埼玉県、東京都、栃木県下都賀郡野木町であったところ、原告はその範囲とは関係のない西那須方面や日光方面に出向いた際の高速道路利用料金を経費として計上した。

第三証拠

本件訴訟記録中の「書証目録」及び「証人等目録」に記載のとおりである。

理由

一  請求原因1、2の事実、及び3の事実中裁決書謄本の送達日以外の事実は、当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、原告に裁決書謄本が送達されたのは、平成三年五月一三日と認められる。

二  そこで、本件各処分の適否について判断する。

1  推計の必要性について

(一)  抗弁1中の当事者間に争いのない事実、及び成立に争いのない乙第三ないし第五号証、証人綿引優、同植木誠二の各証言、原告本人尋問の結果(但し、後記採用しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を合わせると、左の事実が認められる。

(1) 原告は、昭和五七年ころからその住所地においてガスの配管工事業を営み、その所得税については春日部税務署に対しいわゆる白色申告をしていた。

(2) 原告は、昭和六一年から昭和六三年の所得税について確定申告書を提出したが、これらはいずれも「所得金額」及び「専従者控除額」欄の数額の記載がなされているだけで、「収入金額」及び「必要経費」欄に数額の記載がなく、通常確定申告書に添付される収支内訳書が添付されておらず、原告の事業は平成元年四月に法人化されたが、その事業規模に照らし申告所得金額が過少である疑いがあった。そこで、被告は綿引係官にその調査を命じた。

綿引係官は、平成元年四月二八日、調査のため原告宅を訪れ、税務調査を行う旨告げたが、原告から所用があって外出するので都合が悪いと断わられたため、調査ができないまま原告宅から退出した。

その後、綿引係官は、概ね週に一度原告宅に電話をしたが、原告が不在であることが多くなかなか連絡がつかないうちに異動した。

(3) 綿引係官の後任として、被告から原告の所得税の調査を命じられた植木係官は、平成元年七月中旬ころから原告に電話で連絡をとることを試みていたが、同年八月三一日に至ってようやく原告の妻を通じて原告の都合を確認することができたので、同年九月五日の午前一〇時ころ、深谷係官を伴って原告宅を訪れた。

綿引係官らは、原告に対し税務調査のために来た旨を告げ、原告の事業が法人化される以前の帳簿書類の有無を尋ねたところ、原告は、自己流にまとめた帳簿があると答えたが、外注費については相手先に迷惑がかかるので相手先を明らかにしないままで認めて欲しい、そうでなければ帳簿は見せられないと言って、右帳簿の開示を拒んだ。そこで、綿引係官らは、所得税金額の調査においては収入金額と必要経費の双方について時期・相手先等を確認する必要があること、相手先を確認しないと当該支出が外注費や業務上の支出であるのか判断できないことなどを何度も説明したが、原告は納得せず、右帳簿の提示を拒み続けた。そのほか、領収証等の収入に関する資料についても、原告は、収入だけ調査されて外注費は相手先が分からないとして認められないことになれば過大な所得金額になると言って、提示の求めに応じようとしなかった。また、原告は綿引係官らに対し調査の理由について尋ねたので、綿引係官は、調査理由は原告の所得税の申告内容の確認であると答えたが、原告はその回答では納得しなかった。

このような状況が続いたので、綿引係官らは、午前一一時三〇分ころに至り、調査をすることは不可能であると判断し、やむなく原告宅から退出した。

(4) 平成元年一〇月四日、植木係官は、原告に電話をかけて調査への協力を促したが、原告は外注先に迷惑がかかるので帳簿は見せられないという態度を変えなかったので、植木係官は、原告の協力が得られなければ春日部署が独自で調査を進めるが、もし協力する気になったら連絡してほしいと告げた。しかし、その後原告からは何の連絡もなかった。

以上のとおり認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果部分は、前掲各証拠に照らして採用することができない。

(二)  右認定の事実によれば、本件各申告書には、いずれも「所得金額」及び「専従者控除額」欄の数額の記載がなされているだけで、「収入金額」及び「必要経費」欄に数額の記載がなく、通常確定申告書に添付される収支内訳書が添付されておらず、その事業規模に照らし申告所得金額が過少である疑いがあったのであるから、原告につき調査をする客観的必要性があったものということができる。そして、原告は、質問調査に赴いた植木係官らに対し外注費について相手先を明らかにしないことを求めるなどして帳簿等の提示に応じず、その後もこのような態度を変えず、調査に非協力的な態度を取り続けたのであるから、被告が原告に対する質問調査によって原告の所得金額を実額で把握することは不可能であったということができる。したがって、被告としては推計の方法によるほかに原告の申告に係る本件係争各年分の所得金額に誤りがあるかどうかを確認する方法はなかったのであって、本件各更正処分には推計の必要性があったということができる。

ちなみに、植木係官らは、本件調査に当たり、原告に対し、調査理由として、原告の所得税の申告内容の確認であると告げたに止まるけれども、所得税法第二三四条による税務調査における調査の理由の開示の有無・程度については、法律上特段の定めがなく、社会通念上相当な程度に止まると認められ限り、権限を有する税務職員の合理的な裁量に委ねられているものと解されるところ、植木係官らは、右調査に当たり、前記のように所得税額の調査においては収入金額と必要経費の双方につき時期・相手先等を確認する必要がある旨を繰り返し説明しているから、本件調査における理由の開示に違法な点があったということはできない。

2  推計課税の合理性について

(一)  原告の取引先等に対する反面調査等によって把握した総収入金額は、昭和六一年分が二七〇三万九三六九円、同六二年分が二六九一万七九四五円、同六三年分が三二〇八万〇二二五円であり、事業専従者控除額が、昭和六一年分が四五万円、昭和六二年分が六〇万円、昭和六三年分が六〇万円であることは、当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、被告は、右各総収入金額に後記の比準同業者の平均所得率を乗じ、この金額から右各事業専従者控除額を控除して本件係争各年分の事業所得金額を算出したことが認められる。

(二)  そこで、被告の主張する同業者平均所得率の算出方法の合理性の有無について判断する。

(1) 成立に争いのない乙第一号証の一ないし七、第二号証の一ないし七及び弁論の全趣旨によれば、左記の事実が認められる。

〈1〉 被告は、比準同業者として、原告の納税地を管轄する春日部税務署とその近隣の浦和、大宮、川口、上尾、行田、越谷の各税務署の管内に事業所を有し、原告と同種のガス配管工事業を営む個人事業者のうち、左の条件のいずれにも該当する者をすべて抽出した。

ア 本件係争各年分の暦年を通じてガス配管工事業を継続して営んでいた者であること。

イ 所得税青色申告決算書を提出していた者であること。

ウ 災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者であること。

エ 税務署長から更正又は決定処分を受け、これに対して不服申立を行って係争している者でないこと。

オ 本件係争各年分の売上金額が昭和六一年分につき一三五一万円以上五四〇八万円未満、昭和六二年分につき一三四五万円以上五三八四万円未満、昭和六三年分につき一六〇四万円以上六四一七万円未満の範囲内の者であること。

カ 所得税青色申告決算書上、売上原価が皆無の者以外の者であること。

そして、被告は、それぞれの事業者について、本件係争各年分に係る収入金額、所得金額、所得率を求め、その所得率を平均して比準同業者の平均所得率を算出し、右比準同業者の収入金額、所得金額、所得率、平均所得率(昭和六一年分は三四・四〇パーセント、昭和六二年分は二八・四二パーセント、昭和六三年分は三二・八〇パーセント)は、別表(二)のとおりである。

(2) 右認定の事実によれば、被告が同業者所得率の算出のために抽出した比準同業者は、原告と業種が同一であり、事業所の近隣性及び事業規模の点で原告と類似性を有し、また、右比準同業者は、いずれも青色申告者であり、しかも経営状態が異常である者や更正等に対して不服申立てをしている者を除外しているから、売上金額等の正確性は高いものであり、その件数も五ないし六件であって、また、その抽出にあたり被告の恣意が介入する余地はなく、したがって、右同業者平均所得率の算出の方法は合理性があるということができる。

3  本件各処分の適法性について

そうすると、本件係争各年分の原告の前記収入金額に前記同業者平均所得率を乗じて算出した金額(昭和六一年分は九三〇万一五四二円、昭和六二年分は七六五万〇〇七九円、昭和六三年分は一〇五二万二三一三円)から事業専従者控除額(昭和六一年分は四五万円、昭和六二年分は六〇万円、昭和六三年分は六〇万円)を控除した額は、本件各更正処分における原告の本件係争各年分の事業所得金額(但し、裁決による一部取消後のもので、昭和六一年分は八七二万七一六一円、昭和六二年分は六〇二万七一九八円、昭和六三年分は八六七万七六〇一円)を上回るから、本件各更正処分及び右所得金額に基づいてなされた本件各賦課決定は適法である。

三  原告の実額反証の主張について

1  事業所得の金額は、その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額である(所得税法第二七条第二項)から、事業所得につき実額を認定するには、総収入金額と必要経費の双方につき明らかにされなければならないところ、まず、総収入金額が明らかにされたといえるためには、実額反証の主張をする者において、課税庁が推計課税の基礎数値として使用した収入金額を援用するだけでは足りず、その金額がすべての取引先からの総収入金額であることを立証しなければならない。なぜならば、推計課税の基礎数値たる収入金額は、被課税者の取引先等に対する反面調査の結果として課税庁が把握した金額であるが、推計の合理性を基礎付ける事実として、あくまでもその額を下らない収入があったというにすぎず、課税庁において把握できる金額の範囲はその入手し得る資料の範囲等によって自ずと限界があるから、実際には捕捉漏れの可能性があって、実際の収入金額と合致するとは限らず、さらには、このような推計課税の基礎数値たる収入金額を前提として、必要経費だけを実額で立証してこの金額を差し引いても、このようにして算出された金額が所得の実額に近似しない数字になることは明らかだからである。

また、必要経費は、総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額およびその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用の額である(同法第三七条第一項)から、必要経費を明らかにするためには、その主張する経費が存在し、その年に債務が確定していること及び右経費が当該納税者の事業と関連性を有することを立証しなければならない。

2  総収入金額について

原告は、被告が推計課税の基礎数値として使用した収入金額が総収入金額であると主張するに止まり、取引の実態を正確に記帳したと認められる売上帳、会計帳簿等の客観的な資料を全く提出していない。

むしろ、成立に争いのない乙第六号証の二、第七号証によれば、原告は昭和六一年六月三〇日に有限会社丸富士配管からアパートのガス工事代として二三万五〇〇〇円の振込を受けたことが認められるから、原告主張の収入金額のほかにも収入金額が存在していたと認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果部分は採用することができない。

したがって、原告の主張する収入金額が総収入金額であると認定することはできない。

3  必要経費について

必要経費についての原告の主張及び立証には、以下のような問題がある。

(一)  経費の二重計上

(1) 原告は、昭和六三年分の材料費のうち堀川産業株式会社に対する支払いに係る証拠として、甲第二九七号証の一ないし二六を提出し、これら書証の金額を合算したものを材料費として主張している。

しかしながら、右書証の中には、領収書と銀行振込金受取書あるいは銀行キャッシュサービス利用明細書とで、受取人、支払年月日、支払金額等が一致するものが存在する(甲第二九七号証の九と同号証の四、金額五六万一四五四円、同号証の一二と同号証の七、金額四二万七一六三円、同号証の一三と同号証の三、金額一〇六万二二七二円、同号証の一四と同号証の六、金額一九万七四八一円、同号証の二一と同号証の五、金額六七万〇七五九円)。そこで、これらはそれぞれ同一の支払いに関するものと推定されるところ、原告本人尋問の結果によっても、これらが別個の支払いに関するものであることは明白でないから、昭和六三年分の材料費については、同一経費が重複して計上されている分があるというべきである。

(2) 原告は、昭和六一年分の租税公課の支払いに係る証拠として、甲第一七号証の一ないし四を提出し、これらの金額を合算したものを経費としている。

しかし、同号証の一(領収証書)と同号証の三(納税通知書)は、いずれも昭和六一年度第一期分の租税公課を証明するものであり、また、同号証の二(納税についてのお知らせ)と同号証の四(領収証書)は、いずれも昭和六一年度第二期分の租税公課を証明するものであるから、昭和六一年分の租税公課については、同一のものが重複して計上されている分がある。

(3) 原告は昭和六二年分の自動車取得税に係る証拠として甲第一九四号証(昭和六二年一〇月八日付け出金伝票、金額一万三五〇〇円)を、同年分の強制保険に係る証拠として甲第二四七号証(同右、金額一万八九〇〇円)を提出するが、原告本人尋問の結果によれば、これらの費用はいずれも減価償却の対象に含まれており、減価償却費と重複して計上されているものである。

(4) 原告は、昭和六一年分の経費として、「ネジ切」及び自動車「鈴木アルト」に係る減価償却費を主張するが、原告本人尋問の結果によれば、これらの取得時期はそれぞれ昭和六二年九月、同年一〇月であり、取得前に減価償却費として計上されたことが認められる。

(5) 原告は福利厚生費に係る証拠として甲第三六七号証等を提出するが、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四六六号証の一、二及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、従業員の支払給与の中から毎月五〇〇〇円を積み立てさせて旅行費用(福利厚生費)に充てていたことが認められるから、右積立額の範囲において、同一の経費が福利厚生費と給料とに重複して計上されたものと推定される。

(二)  昭和六〇年分経費計上の疑い

原告本人尋問の結果によれば、原告は経費を計上する際、原則として経費を支払った時点を計上時期として扱っていたことが認められるところ、原告が昭和六一年分の経費に係る証拠として提出した書証のうち、甲第六、第七、第一〇、第二三、第五四、第六九、第七〇、第七一、第九五、第九六、第一一〇、第一一一、第一一二、第一五七号証、第一〇三号証の一、第一四八号証の二、八、九、一〇、第一八二号証の一(なお、甲第一八二号証の一は、甲第一一二号証と同じものである。)は、いずれも、支払年月日が昭和六〇年の日付になっているので、昭和六〇年分の経費を昭和六一年の経費として計上した疑いがある。

(三)  家事費あるいは家事関連費の計上

原告は交通費として甲第三六九号証の一ないし一三を提出し、これらは日本道路公団の領収書であるところ、成立に争いがない乙第九号証及び原告本人尋問の結果によれば、これら領収書にかかる高速道路料金は、原告が新潟県刈羽郡高柳町にある妻の実家を訪問する際に支出したものであることが認められる。

しかし、家事上の経費及びこれに関連する経費は原則として必要経費に算入することができず(所得税法四五条第一項第一号)、例外的に必要経費に算入することのできる家事関連費は、その主たる部分が不動産取得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかに区分することができる場合における当該部分に相当する経費に限定されている(同法施行令第九六条第一号)。

そこで、右高速道路料金につき検討すると、原告本人尋問の結果によれば、原告は毎年連休に妻の実家を訪問するついでに取引先に対する歳暮等を購入したというのであるが、仮に右購入が業務上必要なものであったとしてもその業務上の必要性は経費の主たる部分を占めているということはできず、また、業務上必要な部分とそうでない部分を明確に区別することもできないから、右高速道路料金を家事関連費として必要経費に算入することはできない。

(四)  業務と無関係な支出の疑い

原告は旅費交通費として、甲第二三〇号証の一〇ないし一三、同第三六九号証の七ないし一〇、一三等を提出しているが、原告本人の尋問の結果によれば、原告の本件係争各年当時の事業活動の範囲は、埼玉県、東京都、栃木県下都賀郡野木町であったことが認められるところ、右甲第二三〇号証の一〇、一一、第三六九号証の八、一〇は日本道路公団オオサワホンセン料金所、同第二三〇号証の一二、第三六九号証の九は同公団宇都宮料金所、同第二三〇号証の一三、第三六九号証の七は同公団久喜料金所の発行にかかる各領収書であり、前掲乙第八号証によれば、これら領収書にかかる支出は、原告の事業活動と関係のない方面の高速道路の利用によるものであるから、これら支出は業務と無関係のものを経費として計上した疑いがある。

4  以上のとおり、原告は総収入金額及び必要経費のいずれについても立証を尽くしたといえないから、原告の実額反証によって前記推計の結果を覆すことができないことは明らかである。

四  よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大喜多啓光 裁判官 笠松知恵子 裁判官高橋祥子は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 大喜多啓光)

別表(一)

〈省略〉

別表二

ガス配管工事業の同業者調査表

〈省略〉

別表(三)

昭和61年

〈省略〉

昭和62年

〈省略〉

昭和63年

〈省略〉

減価償却費一覧表

〈省略〉

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